連載3回目
介助者不足を解消するために、私は動く。
2021年06月01日公開
Hiroki Okabe
文/嶋田拓郎 : 写真/嶋田拓郎
ALS当事者・NPO法人境を越えて 理事長|岡部宏生(おかべひろき)
1958年東京都に生まれる。学生時代は乗馬に明け暮れる。中央大学を卒業後は建設会社に新卒で就職し、42歳で建築不動産事業コンサルタント会社を設立。会社が順調に成長していた矢先にALSを発症。49歳の時、在宅療養を開始し、気管切開・人工呼吸器を装着する。その後訪問介護事業所ALサポート生成を設立。日本ALS協会理事、副会長、会長を歴任。2018年には「NPO法人境を越えて」を設立。理事長として日々介助者育成支援にあたっている。
事業所の立場と患者の立場の狭間で悩む
――前回(第2回)では、自ら介助者派遣事業所を設立・運営することで、介助者を確保し生活を安定してきたことについて、お話しを伺いました。一方で利用者でもあるものの、介助者の雇用主でもあるという立場に苦労されていることもおっしゃっていました。もう少しその点についてお伺いしてもよろしいでしょうか?
岡部:雇用者であるALS患者さんから信頼され、事業所の利益にも貢献している社員(介助者)を大事にするのは当然ですし、感謝もしています。では、社員(介助者)の業務上の相談をいつ聞くかというと、私のケアに入っている時です。利用者さんの状態や、ケア中に何があったか、時には愚痴も聞いていますが、そうしているうちに私のケアは押してしまい、予定のケアが抜けてしまうこともあります。事業所の社長としては当たり前の業務をしているわけなのですが、患者としては結構辛いものがあります。
――なるほど。経営者としての責任を果たそうとすると、利用者としての時間が削られてしまうと。
岡部:私は上司であると同時に患者であるために、どちらの立場でものを言っているのか、混乱することもあります。二つの例を挙げます。一つは、電車の中で疲れている介助者に「座って」と言うことがよくあります。それは、思いやりという側面がないとは言いませんが、それより、仕事に差し障りがないように身体を休めてほしいという上司としての指示です。それなのに介助者は「座らなくてよい」と遠慮することがあります。そんな時は「早く身体を休めてというのは業務命令です」と言うこともあります。
――介助者の側も混乱しそうですね。
岡部:難しいところです。もう一つの例は、介助者の仕事のスタイルや態度についてです。ケアは上手く、しっかりと仕事はしていても、人に悪い印象を与える態度のヘルパーがいます。その人には「社会人としてはそれではダメだ」と言う時がありますが、ただ介護の職人だと思えば問題は無いということになります。その人にケアのことについて注意をする時と、社会人としての根本的なことを注意する時、「今のはどっちですか?」なんて聞かれることがあります。業務の指示が守られてないことも、ときどき起こります。もちろんとても重要なことについては、指示が徹底するまで出し続けますが、それほどでないことや期限のないことなどは指示が守られてないままのものがあります。そういうことをいちいちケア中に言うことは、予想外に大変なことです。
ALSの介助者は、センスとスタンスとスキルが必要
――岡部さんの考える、介助者に必要な資質とはなんでしょうか。
岡部:そもそもALSというと難しいケアに取り組んでくれない介助者がほとんどですが、それでも挑戦してくれた人たちもいました。体調を崩して辞めた人は別にして、続かなかった人たちは、介助の難しさや介助者間の人間関係などが原因で辞めていきました。現在、私の介助を10年以上継続している人が3人います。その人たちは、単に相性が良いのではなく、センスとスタンスとスキルを兼ね備えた人たちだと思います。
――センスとスタンス、そしてスキルについてもう少し教えてください。
岡部:センスは、持って生まれた器用さや気が利くことなどです。これは後から身につくものではないけど、ある程度は磨くことができます。車いすを押していて、避けられるマンホールなどを必ず避ける人はめったにいませんが、そういうことは教えられます。スタンスは、利用者のために役に立ちたいという気持ちがあるかです。もちろん仕事としてやっているわけですが、この人の役に立ちたいという思いがあるかはとても大事です。そのスタンスの上に乗ってくるのがスキルだと思っています。スキルは、訓練によって身につくものです。長く継続している介助者は、この3つを持っている人だと思います。一方で、この3つを持っていないからといって、介助者を自分から断らないと決めています。それは、少しでも重度の障がい者の介助に携わってくれる介助者を増やしたいからです。もちろん自分の介助者を確保したいということもあります。
――介助者にセンス、スタンス、スキルを獲得してもらう上で、どのようなことが必要なのでしょうか?
岡部:まず、私にとっての介助者との理想の関係性は「節度ある家族」です。しかし、お互いに相手への感謝もあれば、不安などネガティブな感情もあるのが当たり前です。では、介助者と当事者をつなぐものは何か。それは、仕事として安定的に報酬が発生すること、自分の能力を発揮できること、成長できることだと思います。これがあって初めて、相手のために役に立ちたいという気持ちになれること、物を考える時に小さな共感を持ち、相手と考えが違っても理解することができると思います。これらが土台としてあってはじめて、センス、スタンス、スキルの3つの能力が持てるようになると思います。
サービス提供責任者と一緒に乗り越えていく
――続いて、事業所の経営者としてサービス提供責任者に求める資質は何でしょうか?
岡部:当事者事業所におけるサービス提供責任者(以下、サ責)は、いわば当事者の右腕のような重要な存在です。サ責を務めていく上での必要な要素は以下だと考えています(注1)。
●利用者に対して、どんなサービスが必要か分かっていること
●自分の事業所の介助者が、それをどんなふうに提供できるか、または提供できない場合はどうしたら良いかを考えて介助者を指導できること
●利用する公的支援制度についてある程度分かっていて、提供するサービスが適切かの判断ができること
●利用者に関わる関係者との調整ができ、介助者の悩みや課題の相談にのれること
――高い実力が求められているように思います。
岡部:そうですね。最初からこのサ責の要素が備わっている人などほとんどいないでしょう。重要なのは、当事者がサ責と一緒に自分も育つつもりでいることです。いくつもの壁にぶつかることは避けられません。その壁をサ責と一緒に一つ一つ乗り越えていく姿勢が必要であるように思います。
――信頼できる自分の右腕としてサ責がいるかどうかが、当事者の暮らしを成り立たせる要になるということがよくわかりました。
介助者不足は当事者の生死に直結する
――今、介助者不足が深刻だと言われています。
岡部:相当深刻です。介助者不足は、日本全体の問題ですが、重度障がい者の介助者不足は、時として生きるかどうかの選択にまで影響を与えています。私は介助者の確保と社会制度の利用という二つの条件が呼吸器をつける2週間前まで整わず、今こうしてここにいるのが不思議なくらい危険でした。社会制度はその頃と比較すれば格段に充実しましたが、介助者不足はかえって深刻になっています。事業所は今年、10年目を迎えました。ALSの利用者5人にサービスを提供していますが、安定した介護体制を提供することは現在も困難です。
――より深刻になっていると。
岡部:そうです。需給バランスの極端なゆがみもあります。私が在宅療養をしている自治体は、珍しく介助者が余っている地域ですが、私のような重度障がい者の介助ができるヘルパーはここでも不足しています。現在は区内約80の事業所のうち重度障がい者の介助を引き受けているのは約10事業所ですが、数年前は約90の事業所でわずか3事業所しかありませんでした。
――ALSのような医療的ケアを必要とする当事者にケアを提供できる事業所が少ないという問題もあるということですね。
岡部: ALSなどの障がい者の生きることの選択に、介助者不足が大きな影響を与えています。家族に負担をかけたくないという理由で、亡くなっていった同病の患者がたくさんいます。また、介助者の不足から在宅療養が叶わず入院をしている患者もいます。「病院で死にたくない」という仲間の言葉が頭から離れることはありません。こういうことが私たち重度障がい者の生死の選択に多大な影響を与えているのだと思います。
――人工呼吸器を装着して生きようと決心したALS当事者にとって、介助者不足が生きる希望を奪う状況があるのですね。
岡部:当事者が生きていきたいと思っても、その希望を叶える困難さを抱えることになるわけです。私の友人で「生きなければ良かった」とか、在宅療養は介助者不足で破綻して入院をして、「このまま病院で死にたくない」と言っている人もいます。こうした現状はどうしたら良いのか、それを考えていくなかで、NPO法人境を越えて(以下境を越えて)を設立するに至ったのです。
皆が安心して生きられる社会を目指し、「NPO法人境を越えて」を設立
――岡部さんが代表をされておられる「境を越えて」について教えてください。
岡部:境を越えては、重度障がい者の介助者不足の現実を広く社会に知ってもらうこと、少しでも介助者を増やすことを目的にして設立しました。具体的には、患者と健常者が一緒に参加できるイベントの開催や、学術的な情報発信、重度障がい者のサポートをするために必要な、医療・介護・社会について一定の知識を持った学生の育成、当事者と介助者の育成支援・コーディネートなどさまざまです。
――介助者の採用や育成のサポートを重点的にしているのですね。
岡部:そうです。現在は介助者として大学生を対象に育成していますが、ゆくゆくは居場所の問題を抱えるあらゆるマイノリティに、介助を仕事の選択肢の一つとしてもらいたいという想いも持っています。これは、私の介助をすることにより、居場所と役割があることで立ち直っていった若者たちがいたからです。そのため今は、貧困下にある子どもの支援や、トランスジェンダーの当事者などさまざまな人と繋がっています。
――介助の仕事そのものの可能性を感じるお話しですね。岡部さんのお話をお伺いするなかで、ALS当事者として生きていくことそのものが、ALSに限らない様々な生きづらさを抱えている人の、暮らしやすさに繋がっているように思いました。生きていることが社会変革そのものに感じます。
岡部:私のような障がい者が地域で生きていこうとすると、社会の側からは「社会的コスト」だと捉える人たちもいます。しかし、障がい者が暮らしやすい社会になることは、生きづらさを抱えた他の人も暮らしやすくなります。だから私は「生き切る」ことが社会を変えることになる、と信じているんです。それが私の第二の人生です。
注釈
注1)このサ責に求められる資質は、ライスチョウジョナさんの記事「問題解決はコミュニケーションから――サービス提供責任者に求められる3つの要件」でも語られています。そちらも是非ご覧ください。
注2)本記事は、岡部宏生「生きることの困難さ、生きることの難しさから逃げない」生活書院『支援』vol.10, 2020年、東大リアルゼミ発表資料「介護者とともに生きる」2020年5月、インタビューデータをもとに構成しています。
プロフィール
ALS患者当事者・NPO法人境を越えて 理事長|岡部宏生(おかべひろき)
1958年東京都に生まれる。学生時代は乗馬に明け暮れる。中央大学を卒業後は建設会社に新卒で就職し、42歳で建築不動産事業コンサルタント会社を設立。会社が順調に成長していた矢先にALSを発症。49歳の時、在宅療養を開始し、気管切開・人工呼吸器を装着する。その後訪問介護事業所ALサポート生成を設立。日本ALS協会理事、副会長、会長を歴任。2018年には「NPO法人境を越えて」を設立。理事長として日々介助者育成支援にあたっている。好きなことは、音楽を聴くこと。
文/嶋田拓郎
この人の記事をもっと読む
この記事をシェアする