あなたの語りには、価値がある。/ 当事者の語りプロジェクト

連載3回目

介助者にどうクレームを伝えるか?
――油田流「次からは」論法

YUI YUDA

文/天畠大輔 : 写真/其田有輝也

SMAⅡ型当事者・京都大学大学生 | 油田 優衣(ゆだゆい)

1997年生まれ。1歳の時に、全身の筋力が次第に衰えていくSMA(脊髄性筋萎縮症)II型の診断を受ける。3歳の時から電動車椅子を用いて移動。ほぼ全ての日常生活動作に介助が必要で、夜間は呼吸補助装置を着ける。中学までは特別支援学校に通い、高校からは普通学校へ進学。2016年4月から実家(福岡)を離れ京都大学に通う。進学にあたり24時間の公的な介助サービスを使いながら一人暮らしを始めた。

目次

介助者にどうクレームを伝えるか?
――油田流「次からは」論法

天畠:油田さんは介助者に対してクレームがあるときに、どんなふうに伝えていますか?直接伝える?

油田:私がよく気になるのは、「この指示出しの量で、ここまでやってほしい」というのが介助者との間でずれたときなんです。そこについては、なるべくその都度すぐに、修正やすり合わせをするようにはしています。「私がこの指示出しをしたら、これとこれとこれは、毎回(言われなくても)やっちゃってください」と。それで変わる人もいれば、伝わらない人もいる。そういうときは「もうちょっと強くはっきり伝えないといけないのかな」と思います。

――ヘルパーを使っている天畠さんのお友だちは、買い物を頼んで小麦粉を買ってきてもらったときに、普段あんまり使わないからちょっとの量でよかったのに、結構でかい小麦粉を買ってこられて。「こんなに使わないのに!」って思ったけど、そのことをヘルパーに言えなかったと。小さいクレームを言えないで溜めちゃっているって話をしていたんですけど。

油田:私はそれは言えるかな。私もそんなに強くは言えない、厳しくは伝えられないタイプですが(っていってみたけど、意外と私って厳しいのか…!?(笑))、そういう時は、「ちょっとこのサイズは多すぎるから、次回からは小さいのでいいです~」というような言い方をします。「次からはこうしてほしい」みたいな言い方。

――介助者からするとありがたい。こうしてほしいという明確なのは。

油田:「このやり方は違います」だとそこで終わっちゃうから、その次に「次からはこれでお願いします」と付け加えて、若干マイルドにして終わらせているかも。

――油田さんの介助者との関わりの中での工夫ですね。

油田:今気づいたけど、「次からは」論法は使うかもしれませんね。

天畠:あはは(笑)

油田:ヘルパーさんが間違えちゃったり、ミスしちゃったりしたときは、「まあ今日はいいから、次からは気を付けてください、こうしてください」と、「次からは」論法していますね。

――天畠さんとクレームの話をしたときには、「自分はLINEで伝える」と言っていて。自ら事業所を運営して、ヘルパーを直接雇用しているが故というのもあると思いますが。とにかく、直接LINEでクレームを言う時は、あとでゆっくり文章を打って、マイルドさを加える。加えないときもあるのかな。天畠さんのクレームの伝え方ですね。それも介助者との関係性にもよりますよね。その場でどんどん言えることもありますし。

天畠:うん

油田:内容にもよりますよね。大きな方向転換やちゃんと文面に残しておきたいような重要なことだと、メールやLINEなどで伝えたほうがいい時があるし、事業所の上の人を通じてトップダウンで伝えたほうがいいかなという時もある。また、細かいことはなるべく貯めないで言っていきたいとも思っています。あとから伝えるのだと「今まで我慢してたの?」と介助者もモヤモヤするだろうし。なかなかエネルギーがいることではありますが、なるべく早い段階でできればいいかなって思います。

よりよい介助者との関係を求めて(1)
――交換可能/不可能な関係のあいだを揺れながら

――大学にご友人もいらっしゃると思うのですが、その方に介助者になってもらったというのはありますか?

油田:それは今まで一度もないですね。私の場合、すでに契約した事業所の中でマンパワーが足りていたので、新たに学生さんをリクルートする必要がなかったです。もし人手が足りなくなった場合は、学生さんをリクルートすることもあると思います。ただ、私はある程度割り切れる関係が個人的には好きなのかな。「仕事!」として来てもらってるほうが、割り切れる感があって、楽かなという気がしますね。

――友人、ウェットな感じよりも……。

油田:そうですね。ウェットすぎるのは抵抗があります。ちゃんとドライな関係がある上でのウェットだったらいいけど、最初からウエットだと警戒しちゃう。私は割とドライなタイプなのかな。

――介助者としての割り切った関係の中で積み重ねた上で、ウェットな部分が生まれるのはいいけど、ということですかね。天畠さんの場合って千葉のリハビリを支えてくれていた方々は、友人関係的なところが出発点ですよね。

油田:天畠さんの『福祉労働』の文章(※7) を読んだときに、天畠さんと私は、そこに関して違いがあるとすごく感じました。そのタイトルに天畠さんは「友達以上介助者未満」と書かれていて。最初、私、読み間違えたかな?と思ったんです。

――逆じゃないの?って。「介助者以上友達未満」じゃないんだって。

油田:はい。「友達以上介助者未満なんや!」って衝撃を受けました。私は自分で発話したり、一人でメールやSNSをしたりできるし、天畠さんに比べたら、自分の世界をもとうと思えばもてるほうだから、ある程度ドライなこの距離感が心地良い。でも、もし天畠さんのように、コミュニケーション、自分の伝えたいことのアウトプットにも介助者のサポートがいるとすると、介助者とドライな関係のままで深く沢山の情報を共有できないのはすごく不便だし、生活もしんどくなるのだろうなぁと。その違いを考えさせられましたね。ただ、私もウエットな部分が一切ないわけではなくて。夜勤で17時間とか入ってもらうと仕事以上の関係が芽生えてくる感じを覚えます。そこは介助者との関係で面白い所だと思いますね。

――迷うことはありますか?友だちや介助者以上の関係になっていいのかとか。

油田:どうなんだろう……。枠組みが一応あるので、それによって超えてしまう心配から守られているのかなと思います。朝になれば日勤のヘルパーと交代するし、夕方になれば夜勤のヘルパーと交代するし。

――それは、枠組みがあることで超えられなくて済むと言うのか、超えられないというべきか。

油田:超えられないと言えるかも。でも私はあえて超えたいとも思わないし。

天畠:私は超えてるなあ。

――天畠さんは一線を大きく超えてますよね。ヘルパーのこどもを預かったり、プレゼントを贈ったり。

油田:あーでも、プレゼントに関しては、私にも送りたくなるヘルパーさんがいますね。仕事上の介助、サービスを超えて受け取っているものがあるなぁという関係は、なんか贈り返したくなる気持ちになります。基本、利用者とヘルパーって、交換の関係じゃないですか。対価分の介助をしてもらう/するっていう。でも、介助関係は交換だけには還元されない、贈りものをする/される部分って出てくることがあって、そこが面白い所でもあり、難しいところなのかなと思います。

最近考えたことですが、私は介助者を、交換可能なヘルパー、一般名詞としてのヘルパーとして見ている時もあれば、交換出来ない「◯◯さん」として見てる時の二つの層を行き来してると思いました。「別にあなたじゃなくてもいい、代わりはいる」という層と、「いや、〇〇さんというあなたがいい」という層を行き来しながら関わっている気がします。

――それってどっちも必要な層なのかもしれないですよね。

油田:そうですね。全てが交換可能になってしまうと、何かむなしい感じ、ヘルパーさんと心が通じていないと感じることがありますね。でも、かといって、全ての関係が交換不可能なのも良くない。それこそ、依存先が限られていってしまってしんどいし、かなり危険。だからバランスが大事なんだと思います。

よりよい介助者との関係を求めて(2)
――介助関係を色づけしていく

――とある方からの相談で、コロナの影響で外に出られなくて、一日中介助者と家で向き合わねばならず、自分の身体介助だけを淡々とこなしてもらっていることに、モヤモヤやしんどさを感じているという話を聞きました。

油田:確かに、全ての介助との関係が淡白なのは、しんどいかもですね……。もちろんずっと濃厚な関係もしんどいけど、ずっと淡泊でも味気ない。心が繋がらないというか。

――淡白な関係を一部超えていくことで、介助の質が上がっていくという感じはありますか?

油田:上がっていくとはちょっと違って……

――質というよりは「潤い」みたいな?

油田:なんかこう、色が加わっていくイメージですかね。心が繋がっていくというか、彩りのある関係が生まれるというか。

――とても良い表現ですね。

油田:ただ指示出しがあって淡々と介助が行われるのは、私の中では白と黒のイメージがあるかも。

――白黒が一切なかったらそれはすごい疲れるけど、白黒だけでも味気ないっていう。

油田:そうそう。私はお風呂介助の時とかよく喋るんですよ。そんな時にヘルパーの個性を感じるし、その人と私の関係が生まれる感じがして、そこは豊かな感じがしますね。一方で、勉強してる時や朝の支度をしている時は、淡々と介助をこなしてもらうという、淡白な感じでやってます。先程も―さんがおっしゃったように、全部がカラフルすぎても疲れるけど、全部が白黒も面白くないなぁと、それはそれでしんどいかなと思います。

――介助関係を打開するためにどうやって色を付けるのか?全部が色だらけもしんどいし。そこらへんのバランスの保ち方が気になります。

油田:難しいですよね。「これ!」という定式化した答えはない気がします。一人ひとりの介助者とその場で向き合って、その場で考えてやっていくしかないのかなぁと。私もまだ介助者との関係において悩むことが多いですが、経験を積みながら、また、同じように介助関係について思索してきた/している人たちに刺激をもらったりエンパワーされたりしながら、私なりの介助者との「いい関係」というのを、考えていきたいと思います。こうやって今日お話させてもらったことも、改めて自分の介助者との関係性を見直す機会になったなと思います。

注釈

7. 天畠大輔,「甘え甘えられ,そして甘える関係」『季刊 福祉労働』福祉労働編集委員会編,2019年9月.

プロフィール

油田優衣(ゆだゆい) SMAⅡ型当事者・京都大学大学生

1997年生まれ。1歳の時に、全身の筋力が次第に衰えていくSMA(脊髄性筋萎縮症)II型の診断を受ける。3歳の時から動車椅子を用いて移動。ほぼ全ての日常生活動作に介助が必要で、夜間は呼吸補助装置を着ける。中学までは特別支援学校に通い、高校からは普通学校へ進学。

2016年4月から実家(福岡)を離れ京都大学に通う。進学にあたり24時間の公的な介助サービスを使いながら一人暮らしを始めた。著書に、「強迫的・排他的な理想としての〈強い障害者像〉――介助者との関係における「私」の体験から」 『臨床心理学――当事者研究をはじめよう』と、「「障害者」としての歩み」 『ノーマライゼーション――障害者の福祉』がある。好きなものは、スヌーピー(家にグッズが沢山ある)とミルク・砂糖たっぷりのチョコレート。

文/天畠大輔

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