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連載2回目

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい

Ryouta Kawasaki

文/油田優衣 : 写真/是枝竜太郎

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい|川﨑良太2回目

脊髄性筋萎縮症(SMA)・自立生活センターてくてく代表|川﨑良太(かわさきりょうた)

1987年生まれ、鹿児島県鹿児島市在住。生後間もなく脊髄性筋萎縮症(Ⅱ型)の診断を受け、以後、車いすを使用しての生活を送る。地元の小・中学校に通学した後、高校は旧国立療養所筋ジス病棟に入院し特別支援学校へ通う。卒業後、高齢者施設の職員として勤務した後、24時間の自立生活をスタート。その後「自立生活センターてくてく」のスタッフになり、2016年から代表を務める。自立生活12年目の2020年結婚。現在は妻、息子、介助者との生活を送る。

【イントロダクション】

川﨑さんは現在自立生活センターてくてくの代表をされており、自立生活運動を引っ張っている若手障害当事者のお一人です。今回のインタビューでは、川﨑さんが感じておられる現在の自立生活運動やCILが抱える課題について語り合いました。(インタビュアー/油田優衣、天畠大輔、嶋田拓郎)

(文/油田優衣

目次

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい|川﨑良太2回目

本記事を読む前に
「雇用主モデル」や「雇用主プログラム」についての補足

本インタビューで登場する「雇用主モデル」や「雇用主プログラム」という言葉について、あらかじめ説明を加えておきます。

雇用主モデルとは、介助関係の考え方や実践に関する一つのモデルです。雇用主モデルにおいては、障害者は介助者に対する雇用主となり、介助者は障害者に対して被雇用者の立場に立ちます。これは、欧米のダイレクト・ペイメントシステムにおいて実践されているものであり、そこでは介助費用が行政から障害者に支払われ、それを受け取った障害者が介助者に対して給料を払います。なお、日本においては、介助費用は事業所に(本人の)代理受領という形で納められ、事業所から介助者に支払われるため、厳密な意味では、利用者である障害者が、介助者に対して雇用主になるわけではありません(※7)。しかし、障害者の介助に入ることで、事業所を経由して給料が発生することを考えると、障害者と介助者の関係を雇用関係と捉えることはできるでしょう。

そして、介助を利用する障害者が「雇用主」としてどうあるべきかを学ぶプログラムが、「雇用主プログラム」です。自立生活センター(CIL)の中でも、推進協会(「全国障害者介護保障協議会」による「全国ホームヘルパー広域自薦登録協会」)がサポートを行っている一部のCILでは、「雇用主プログラム」に沿った「自立生活プログラム(ILP)」(※8)が主に行われています。雇用主プログラムについての資料(川﨑さんより提供)より、その特徴を伝える文章を一部抜粋します。

◯雇用主になるという事は、いわゆる社長になることです。しかし社長だからと言って、気に入らない介助者をすぐに辞めさせるという訳にはいきません。介助者には介助者の生活がある訳ですし、雇用主には雇った義務があります。ですから、お互いの関係性でトラブル等があった場合には、よく話し合い、お互いを理解するようにしましょう。そして、関係を続けていく努力をしましょう。

◯介助者に頼らない(=依存しすぎない)生活を目指しましょう:介助者は、一生自分の介助をやってくれる訳ではありません。介助者によって、向き不向きなことはありますが、特定の介助者がいなければ成り立たない生活は、なるべくしないように心掛けましょう。一人の介助者が自分の介助ができるのではなく、すべての介助者が自分の介助をできるように努力しましょう。

◯介助者の好き嫌いで関わり方を変えないで下さい。この仕事を志す人にいつでも出会える訳ではありません。介助者一人ひとりの人生経験、生き方、考え方など、尊重して敬意を持って接して下さい。

推進協会による「雇用主プログラム」は、利用者である障害者の側にかなりハードな要求をしているようにも見えます。しかし、このようなハードさは、大きなCILや安定した介助派遣体制が既にある都市部とは違って、そのような土壌のない地方で、新たにCILを立ち上げ、介助派遣体制を構築するためには必要不可欠なものでした。地方であるということは、「重度障害者が他人の手を借りて一人暮らしをする」という生活形態自体がまったく知られておらず、一般の人の理解が得られにくいということも意味します。そのような環境の中で自立生活を目指す場合は、障害者本人が相当な覚悟をもって、人(介助者)を育てる努力をしなければならない面があります。

実際に川﨑さんも、「雇用主モデル」を学び、実践されることで、鹿児島において自立生活の道を開拓されてきました。しかし、今回のインタビューで川﨑さんから語られたのは、「雇用主モデル」やその他の自立生活運動が想定するような「障害者が雇用主として、自立生活運動の理念を共有するような良き介助者たちを育て、立派なリーダーになる」という理想によって、障害当事者が「しんどく」なってしまうという問題でした。ご自身の経験に基づいて語られる川﨑さんのお話は、自立生活運動の“これから”を考えるにあたって、非常に重要な疑問を投げかけてくれます。

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい|川﨑良太2回目

「自己責任の自立生活」はしんどい

嶋田:川﨑さんは、クレイムなどは介助者に直接伝える派ですか? それともサービス提供責任者などを通じて間接的に伝える派ですか?

川﨑:私は直接伝える派だと思います。それは、自立生活の考え方というか、そういうのに基づいてというか。推進協は雇用主プログラムというのをやるんですね。雇用主の立場として、自分が(介助者を)雇用するみたいな意識をもって、相手にちゃんと対応していくというスタンスをとっているので、「(介助者へのクレイムを)誰かに代わりに言ってもらうのは、逃げることを意味する」みたいな、そういう変な「戦い」みたいなのはありますよね。だからしんどいときもありますよ。「誰かに言ってもらったらダメ」みたいな頑なな教えみたいなものを感じてるので、自分でなるべく努めて言うようにはしてますけど。それをみんながみんな、どの障害者もできるかって言われれると、そうでもないんだろうなというのは最近の実感としてはあって。それがもとでストレスが溜まったり、精神的に落ち込んだりすることがあるし。そこをすべての障害のある人に求めるというのは、ちょっとこれから変えていかないといけない部分なのかなと思ってます。でも、自分で言える人に限っては、そこは逃げずに直接伝えることで、相手に気持ちが一番伝わるんじゃないかなとは思ってますね。うーん。

油田:ありますよね。そういう規範というか、こうあるべし的な……

川﨑:そうそう。それにだいぶ苦しめられましたからね。うん……

嶋田:そのあたりってすごい大事ですよね。クレームをどう伝えるかもそうですけど、介助者と日頃どういう関係をどう築くか、当事者も介助者もしんどくならない関係性をどうつくっていくかみたいな話にも繋がりそうです。

川﨑:そうですね。雇用主プログラム的なことを守って自立生活するんだよ、みたいな流れでいくと、僕の印象では、当事者の方が頑張らないといけないことが多くなるんですね。「生活の中でヘルパーと向き合って、育てて」みたいな。「どうしようもない人でも、自分のいい生活をつくってくれる大切な人なんだから、頑張って向き合って、頑張って付き合っていきましょう」という。その考え方で、20年ぐらい来ているんですが……。センターを運営してる(※9)と今のところ、いいのか悪いのか、当事者が我慢するようなことが多くなっていて。僕もそれは最近悩みの一つというか、解決していきたいことの一つなんですけど……

嶋田:当事者が我慢することに繋がるということですか?

川﨑:そうですね。雇用主プログラムの教えを守ろうとするあまり、当事者自身が我慢する。我慢して、介助者に細かい指摘ができなかったり、そこそこの介助が受けられればいいと割り切ってしまうような部分が多くなったりしてしまう。というのも、雇用主プログラムの中の「介助者をとにかく大切にする」みたいな解釈が、「当事者が我慢すれば解決する」みたいなふうになってしまってるんですね。だからそこで、生活の質が下がってしまうというか、我慢してることが多いんだろうなというのは感じていて。ただ、いろんな介助者がやっぱり入れ替わり立ち替わりするので、どのレベルにまで全体をもっていくかというのは人それぞれで。何にもしない人もいるんですよね。たとえば日中ほんとに何もしなくて、「(介助者は)待機してるのが主な仕事です」みたいな、障害者によってはそういう人もいますし。そこらへんの難しさっていうのはあるなあと思ってます。

嶋田・天畠:すごい大事な問題だなというふうに聞いてて思いました。雇用主モデルについて、もう少しお伺いしたいです。

川﨑:雇用主プログラムというのは、自立生活プログラムの一環であるもので、主に推進協会が進めているものです。たとえば、推進協会に広域協会というところがあって、そこにヘルパーを登録すれば、地方で自薦ヘルパーを使えるようになるんですが、それをするためには、その自薦ヘルパーを使う利用者が、雇用主プログラムを必ず受けないといけません。簡単に言うと、「介助の始まりと終わりの時間を守ること」とか、「残業代はきちんとつけてあげましょう」とか、そういうことから始まり、介助者との関係について、「簡単に(介助者を)辞めさせられないんですよ」とか、まぁ当たり前と思われるようなことから、「重い荷物を持つときは声をかけてからしましょう」とか、「無理なことをお願いするときは断りやすいような言い方をしてからしましょう」とか、そういうことを学びます。ちょっと古い自立生活センター——僕らのところもそうですけど——だと、障害当事者と介助者の間に何か問題が起きたときに、「雇用主プログラムを守れていない当事者が悪いんじゃないか」、「そういう問題行動的なことをする当事者が良くないよね」というふうに議論が寄ってしまうことがこれまでもあって。自分自身もそうやって教えられてきたし、ことあるごとに、「自分(障害当事者)がダメ」、「あんた(障害当事者)がダメなんでしょ」みたいになるんですよね。なので、めちゃくちゃ自立生活しんどいなと思って。まぁ自己責任論ですよね。仮に介助者が失敗しても、「自分の指示が悪かった」と、すべてをそのひと言で結させるみたいな。それをやりすぎると、介助者側もやっぱり仕事としての意識が下がってくるんですね。すべて「指示が悪かった」とか、何をやっても「利用者の指示のもとでやったまでです」みたいになって。そこのバランスをとっていくのがすごく難しくて。で、実際にそういう雇用主プログラムをうまくできる人というのは、障害者の中でもほんとにごくわずかで、全員できるわけではないと思います。サポートしないと難しい人もいるし。

こないだのバリバラ(20201126日放送)でインディペンデントリビングの特集があったんですけど、GM(ジェネラル・マネージャ)と呼ばれる、自立生活センターの当事者の先輩みたいな人が、めちゃめちゃ厳しいんですよね、自立生活する人に対して。「ヘルパーにちゃんと声掛けしてるか?」とか、「休憩与えてるか?」とか、「もの頼みすぎてないか?」とか。まぁ、そういう意識が育っていくという意味では、最初はよく言われる方がいいと思うんですけど、そこをやるばっかりに介助全体の質が落ちていく。「(介助者は障害者から)言われたことだけやってればいい」みたいな状況に陥っていく。で、「自分で指示が出せない障害者はダメ」みたいな。簡単に言うとこういうことじゃないですか。僕、それってかなり危険だと思っていて。なので、当事者の主体性を守りつつ、ヘルパーがどういう仕事をするかというのは、今まさに考えさせられてる最中ですね。僕自身もこれまでは、「当事者が我慢して頑張ればいい」みたいに思ってて、当事者運動の中にいながらそういう自己責任論に強く縛られてる部分が多分にあったので……

油田:今のお話は、CILの抱えている問題に関わる大事な話だと思いました。私自身も、介助者を使っての一人暮らしを始める前に雇用主モデルを教えてもらって、そこから、それに従わなきゃっていう、こうあらねば的な意識をすごい持っていました。それをだいぶ今ちょっと相対化できるようにはなったんですけど……。実際に、雇用主モデルでうまくいかない障害のある人は、CILからも「ダメな人」と言われて、すごい苦しい思いをしている現状はあって……。まさにそこは考えていかないといけない問題だと思っていたので、すごい共感しながらお話を伺ってました。

川﨑:そうですね。なので、僕ができることというと、やっぱり、それを「別にいいんじゃない」って言えるセンターづくりというか。そういうのをつくっていかないと。僕は自立生活を勧める側なのに、まったく相反してるんですよね。「こんな大変な思いをこの子にさせるんだ」みたいな思いを孕みつつ話しているような感じで。たしかに暴言を吐いたり、ハラスメントをするというのはもちろんダメで、そういうのが横行するのは良くないと思うんですけど。そこじゃなくて、普通に生活していく上で、そういう精神的な苦痛みたいなのが伴うのはおかしいなって。でも、こういうことに気付くのにはだいぶ時間かかりましたね。捉え方が違ってた部分が大きいし、先輩たちの姿を見ていると、もうそれが正しいと思って生きてきたので……。たとえば、出張に行くときも、どんな人とでも行けないといけない、行かないといけないと思っていて、それでちょっとしんどい思いを何回かして。ところが、東京の人に聞いたら「いや、それは一番楽な人と来たらいいんじゃない」みたいなことを言われて。だから、偏った情報が流れてきてますね、地方に行くにつれて。東京の人はもっとフランクというか。僕が「え、でも、僕が東京に一週間もいたら、あの人仕事なくなりますよ」って言ったら、「いや、そんなの補償してあげればいいじゃないですか」って簡単に言われて、「ああそうなんだ」みたいな(笑)。東京の言うことを真に受けてしまって、地方の方が柔軟性なく考えてしまうところが多いので、そこらへんは何が大事かというところを見極めてやらないと、当事者がしんどい思いをする割合が多くなってしまうんじゃないかなってのは思ってます。

油田:私自身も、「気の合う人を入れて自分の生活をつくればいいじゃん」という当たり前の望みとか考えはどこか心の隅にありつつも、でも、「いや、誰とでも対等に付き合えなければ、それは自立する障害者としてはやっていけない」みたいな考え方の方が強くて。まるで強迫観念みたいな感じで。雇用モデルって、「介助者が誰であろうが対等に接して、自分が決定をしていくんだ」、「誰でも同じ介助ができるようにしなさい」みたいなモデルがありますよね。だからたとえば、「介助者がAさんだからこれをする」ってあんまり認められない。

川﨑:ねえ、あんまり望ましいこととは言われないですよね。

油田:でも、やっぱり誰と一緒にいるかというので、自分の選択は変わってくるのは自然なこと。なので、私は、周りの人に影響されない決定、自立とかじゃなくって、いろんな人などに影響されながらも自分が決定していく、自分がある程度律していくという視点も大事なのかなあというふうに思っています。

川﨑:ですね。僕もそう思います。でも、現状として、僕のように自立生活センターをこうやっていく立場には、ある程度いろんな介助者に対応できるレベルみたいなのも同時に求められてて。強靭なメンタルの持ち主の障害者がトップに立ってないと(自立生活センターが)成り立っていかないみたいな。これは今日本のだいたいのCILが孕んでいる問題じゃないかと思います。そこに一つ活路を見出すとすれば、やっぱり介助コーディネーターみたいな人が当事者性を持ってそこを伝えていく、というのが大事なのかなぁと。もちろん推進協などもそこを大事にしてますよね。だから、健常者が頑張る割合というのもけっこうあるんですよ、コーディネーターがやるべきことというのが。代表なり、そういう障害者がうまく健常者を働かせられてないと、どんどん良くない方向にいきますね。「障害者だけが我慢をしていく」みたいな。だからそこがうまく機能していけば、まだ暮らしやすくはなるんじゃないかなあと思いますけど。その場しのぎでいくと、やっぱりその瞬間瞬間を当事者が頑張ることになっちゃう部分が大きいので。

天畠・嶋田:まさに今、たとえば「出張のとき、誰と行くか」といった問題に関して論文を一本作ったところです。当事者の自己決定に関しては、「何をするか、what to do」や「どうやって行うか、how to do」が大事にされますが、障害が重度であればあるほど、「何をするか、what to do」は決めるけど、「どうやって行うか、how to do」は介助者に任せるというパターンは増えていったりする。また、もっとコミュニケーションに障害があったりするときには、「何をするか、what to do」もある程度介助者に任せることもある。じゃあ、どこを手放せないかというと、「誰とするか、with who」というところ。そこを自分で選んで、自分の主体性を守るというやり方もあるんじゃないかということで、一つ論文を書いたことがあります。たとえば、ライブに行くときはやっぱり同じ思い、同じアーティスト好きな介助者と行くとか。「誰とするか、with who」についての自己決定というのも、一つの大事な視点なのではないかと思います。

川﨑:そうですよねえ。ライブのこと一つとっても、「この人と行くと楽しいけど、この人と行くと楽しくない」みたいなことはありますもんね。でも、雇用主プログラムで言うと、「誰と行っても楽しめるような状態をつくりましょう」みたいな話になる。でも、僕自身もつい何年か前までは、「この人と行きたい」みたいなことを言う利用者に対して「いやいや、それはおかしいでしょ」みたいなことを思ってました。それは、自立生活というのを守っていくために必要だったことかもわからないですけど、でも、これからはやっぱりそこも考え直していかないと。……やっぱり僕、日常生活でそういう負担が生じるのって良くないと思うんですね。仕事上でいろんなストレスがあるというのは、そういう社会と向き合ってるってことで、あるかもしれないですけど、家の中でそういうストレスは感じたくないなぁ、と。それは、自分もだし、自分の周りにいる人みんなもほんとはそうなってほしいなと思ってて。それを、てくてくに関係する人たちにどう広めていくかということを、今考えながらやってます。

油田:私も、雇用主プログラムを教えてもらってから自立生活に入ったんですけど、その影響もあって、やっぱりどんなに介助がうまくない人がいても、それは自分の指示出しが悪いんだとか、育て方が悪いからなんだって思ってました。それでもう何年も我慢したけど、やっぱ(介助が)うまくならないってなったときに、すごいしんどくって。そしてあるとき、思い切って、12年やっても介助がうまくいかない人を変えてもらったんですけど、その選択をした自分をすごい責めました。雇用主プログラムなどからすると、自分は「うまくできなかった障害者」で、結局介助者を切り捨てたような感じになってしまったというので、すごいもやもやしてた時期はありましたね……

川﨑:ですよね。もし僕が、これらの問題に気づく前に、今日のインタビューがあったら、相いれなかったと思いますよ。「油田ちゃん、何甘いこと言ってんだよ」みたいな。以前の僕は、おそらくそういう視点でしか見ることができなかった。もちろん雇用主プログラム的な実践をすることで、この何年か、てくてくが回ってた面も多分にあるかもしれないし、誰かが我慢することによって誰かの仕事が守られていた部分はあったかもしれないですけど。でも、誰かの犠牲の上に成り立っているのは良くない。それだと広く一般の人が使えるような制度には絶対ならないですよね。誰かが大変な思いをして、我慢して生活するみたいな。「それでも施設にいるよりはまし」みたいな、そういう消去法でなんとかなっているような状態は、きっと長くは続かないだろうと思うので。

油田:それこそほんと、強靭な精神を持った一部の、「エリート障害者」ではないけれども、「できる障害者」だけが恩恵にあずかれて、あとはそうではない状況が生まれちゃいますよね。

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい|川﨑良太2回目

介助者も含めてみんなで自立生活を考えていく

嶋田:介助関係の非対称性はあるにしても、やっぱり介助現場って、当事者と介助者の相互作用の結果、つくられるものだってことを考えると、どちらかに負担が偏り過ぎるのは変なのであって……。お互いに責任を持ちあうのが必要なんですかね……

川﨑:うーん、ですね。そしてその、やっぱりセンター(自立生活センター)が介助派遣をしてるんだったら、そのセンターがほんとに、介助者とか障害者とかに向き合って、問題解決していく姿勢を示さないと。「当事者が悪いよね」だけで済ませてしまうと良くないし。まぁでも、人が集まらないとか、いろんな事情があって、なかなか厳しく指導ができなかったりするという問題も孕んでいると思うので、簡単には言えないんですけど。

障害者って、けっこう介助者をプラマイで見て、総合判断するんじゃないかな、と思うんです。「この人はこういうところが微妙だけど、ここがめっちゃいいから、まあ今日は別にこのこと言わなくてもいいか」みたいな。それで自分の気持ちを落ち着かせるみたいなことが多いんじゃないかなって、まあ自分を見てても思うんですけども。なので、そういう問題がそのまま流れていってしまって、一種のしんどさみたいなのはずーっと続くみたいなのはありますね。それでだから、雇用主プログラムが「ちゃんとできる障害者じゃないと派遣しないよ」みたいなことになっていく可能性もある。なんか、それっておかしいんじゃないかなって思いますけど。

油田:現にそういうCILもあるでしょうしね……

川﨑:やっぱりそこはでも、障害者がトップに立ってるんだとしたら、自分への戒めも込めて言いますけど、そういうのを認めて、一緒に生活をつくっていく、介助者含めてコーディネーター含めて、「最初はうまくいかないこと多いだろうけど、みんなでやっていこう」みたいな、そこらへんをしっかり伝えていかないと。「あの人指示がおかしいですけど、どういうことなんですか?」みたいなことを言われるような状態だと良くないし、そうなるとトップの障害者も気をつかって、障害者の方だけを責めて、「なんでそうできなかったの?」となってしまうだろうし。やっぱそこは介助派遣をする側の考え方が占めるところはおっきいですよね。何十年も施設や病院にいた人に同じようにやれって言ったって無理な話だし。今それをちょっとずつ方向を修正していってるような感じですね、うちは。

嶋田:そこが、川﨑さんがてくてくで、ゆくゆくは実現したいことの一つということなんですかね。つまり、そういう介助関係の再構築というか、当事者と介助者が共につらくならない仕組みづくりみたいな。

川﨑:そうですね。やっぱり僕、こと家の中に関しては、ほんとにストレスなくみんなに過ごしてほしいなと思ってます。家の中って唯一の安らぎだから、そこで問題が起こることは絶対に、やっぱりなしにしたいんですね。その意識を、介助をする側、介助を派遣するCIL側も強く持たないと。自立生活が(当事者に我慢や負担を強いるように)大変なことしかないままでは、実家で居心地がいい人の暮らしには到底かなわないですし。自立障害者でも、夜携帯をいじってるときが唯一安らげる時間みたいな人も多いと思うんですよね。「それって何なの?」みたいな話であって。

やっぱり、自立生活って、介助者とずーっと暮らせる状態でないと、ちゃんと自立生活者としては認められないみたいな、やっぱりそういう部分って大きいんですよね。たとえば、僕の場合は、(介助者ではない)第三者と何かをしてるときに、どうしても介助者と何かを楽しまないといけないとか、何か思い出をつくらないといけないみたいに思ってました。「川﨑良太」という人とは別に、「自立生活を介助者と共に楽しんでる川﨑良太」みたいなのを自分の中でつくっていたんだと思うんですよね。で、それがほんとの自分なのか、まあ、どっちがどっちかもわかんないみたいな。「何のために生きてるんだ」みたいな、ほんとにそういう感じで。家の中でしんどい思いをしてこその自立、それが自立生活の醍醐味であり宿命であるみたいなことをずっと僕も思い続けてこの20代を過ごし、いろんな我慢もしてきたけど、その我慢ってほんとにする必要があったんだろうかっていうことですね。「そんな人生ってあっていいの?」みたいなことは、また立ち止まって考えないといけないことかなって思ってます。

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい|川﨑良太2回目

障害者がどんな状態であっても自立生活ができる土台をつくる

油田:最後の質問になるんですが、川﨑さんがお考えになる自立というのは、いったいどんなものなのかをお聞かせ願えたらなと思います。

川﨑:そうですね、僕自身もまだ現在進行形でこう悩み続けていることなので、全然まとまったことが言えないですが……。ただ、でも、障害者がどんな状態であっても自立生活ができる土台ができてこその自立なんじゃないのかなということを、自分のこの10年ちょっとの経験をもとに思っています。しんどさの上に成り立つものが自立生活だとするんであれば、それはたしかに功績はあったかもしれないけど、これから変えていかないといけない部分だなって今思ってます。なので、やっとCILのヘルパー派遣だけを利用している人、「障害者運動を一切しません」「IL運動興味ないです」という人を認められるようになったという。ほんとにだから、危険な思想を持ってたんだなって思いますよね。障害者が生きる権利をうたいつつ、そういう人を認めない状態は、何だったんだろうなって……。今そういうところに思いが及ぶようになってきたんで。だからたとえば、「主体性が身につくまでILPを何年もしないと、自立できませんよ」みたいな、そういうことがあったときに、「その2年、3年とかは何なの?」、「誰のための23年なの?」って思うんですよね。なんか、ばかばかしいというか……。それは、介助者に気をつかい、トラブルがあまりないようにしたい自立生活センターのエゴだと思うし……。「主体性が身につくまでILを何年もしないと、自立できませんよ」というのは、「センターがなくなってもその人が一人で生きていけるように」みたいな意図があってのことではあるんですけど、それもでも、社会インフラとして本当にいい介助がちゃんと整備されて、どの事業所を使っても一定のレベルの介助が受けられるように運動をしていけばいい話であって。障害のある人が、日々頑張ってできるような状態を築いていかないといけないというのは、おかしいなと。なので、「CILは自己消滅型だ」、「CILが必要なくなったときは、社会がちゃんと変わったときだ」みたいによく言われますけど、でも僕は、「まだまだCILにはやることが、ありまくりだぞ」と思ってます。そういうことをセンターのみんなが考えられるような状態になっていきたいなと。だから「自立とは何でしょう?」と聞かれると、うーん……わかんないですけど、そういうもやもやから逃げないこと、みたいなことかなと思いますね。障害者が頑張ることだけに逃げると簡単だけど、こういう問題からちゃんと逃げずに向き合うことが、今の現時点では大事だなと思ってます。

油田:すごい、考えさせられます……

川﨑:ほんとに、こないだのバリバラ(20201126日放送)のワンシーンが脳裏に焼きついてて。自立をしたての筋ジスの人が、靴下を、お母さんか看護師さんに選んでもらっていたことに対して、推進のGMの人が「それ(人に選んでもらうの)じゃ、ダメだからな」みたいに言うんですよ。あれは、推進のGMとしては、良いひと言だなと思うけど、でも「別にええやん」みたいな、「靴下誰に選んでもらっても」みたいな。そこを健常者にアピールするような、しなきゃいけないような状態って何なんだろう? というのはみんなで考えないと、とは思いますね。ほんとにそんなことまで自分ですべて考えなきゃいけないの?っていう。まあそれを言うと「自己決定でしょ」とかっていうひと言で済ませられがちだけど、そうじゃなくて、「え、でも」みたいな、ややこしい議論を常にやっていかないといけないんだろうなと思ってます。

天畠・嶋田:今のお話をお伺いして、やはり自立における能力主義っていう問題が根深いんだなっていうのを改めて思いました。能力主義の否定、健常者文明の否定から始まったにもかかわらず、自立においても、理想的な自立ができる人とできない人というふうに、「いい自立、悪い自立」というふうに分けて、能力主義的に見てしまう問題がある。それからどう自由になるかっていうところはほんとに考えていかなきゃいけないなと思いました。

編集後記

自立生活運動の中では、介助者から障害者の主体性を守るために、障害者が「主体」となり、介助との関係性をコントロールすることが推奨されてきました。このような考え方と実践は、「当事者主体」の自立生活の道を広げ、大きな功績を残してきました。しかし一方で、これらは一部のCILの中で「できる障害者」が求められることにつながり、障害者にとって抑圧的な状況を生むことにもつながります。 今回の川﨑さんのお話は、まさに上記のような問題を伝えてくれます。言うまでもなく、すべての障害者が、「雇用主モデル」やその他の自立生活運動の理念に沿うような、リーダーシップのとれる人や介助者をうまくマネジメントできる人になれるわけではありません。介助者もすべての人がそうした理念を共有できる人ばかりではありません。また、いくら互いに労力と時間をかけたとしても、障害者と介助者の関係が「うまくいかない」こともあります。日々の生活が理想通りにいかないのは当然のことで、実際の生活の中では、理想と現実の狭間で折り合いをつけることが行われていると思います。しかし、柔軟に折り合いがつけられず、雇用主プログラムやその他の自立生活運動が想定する「理想の障害者像」が、自分自身や他の障害者をジャッジする基準になってしまえば、それはとても苦しいものになります。 誰もが自分の望む生活を送れるような社会をつくるためにも、従来の自立生活運動の意義を認め継承しつつも、一方で、従来の運動内における問題や課題を批判的に考えていくこと――これらの実戦の大切さを川﨑さんの語りは私たちに伝えてくれます。  ※本記事の作成にあたっては、松波めぐみさんにも、有益なアドバイスとご意見をいただきました。心より感謝申し上げます。

注釈

7.「雇用主モデル」についての以上の説明は、渡邉琢『介助者たちは、どう生きていくのか』(2011)を参照した。

8. 施設や実家を出て一人暮らしをしようとする人たちが、先輩障害者を手本としながら、福祉制度を学んだり、金銭管理、家事、介助者への指示の出し方を身に着けたりしていくためのプログラム。全国の自立生活センターで実施されている。

9. なお、CILてくてくは直接の介助派遣は行っていない。地域で長時間介助を受ける当事者の相談に乗っている。

どんな障害者であっても自立生活ができる土台をつくりたい|川﨑良太2回目

プロフィール

脊髄性筋萎縮症(SMA)・自立生活センターてくてく代表|川﨑良太(かわさきりょうた)

1987年生まれ、鹿児島県鹿児島市在住。生後間もなく脊髄性筋萎縮症(Ⅱ型)の診断を受け、以後、車いすを使用しての生活を送る。地元の小・中学校に通学した後、高校は旧国立療養所筋ジス病棟に入院し特別支援学校へ通う。卒業後、高齢者施設の職員として勤務した後、24時間の自立生活をスタート。その後「自立生活センターてくてく」のスタッフになり、2016年から代表を務める。自立生活12年目の2020年結婚。現在は妻、息子、介助者との生活を送る。

文/油田優衣

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