あなたの語りには、価値がある。/ 当事者の語りプロジェクト

連載3回目

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」

Michiko Noboriguchi

文/吉成亜実 : 写真/志水知子

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

脳性麻痺・兵庫県在住|登り口倫子(のぼりぐちみちこ)

1985年生まれ。東京都出身。3歳まで東京に住み、その後北海道札幌市で過ごす。脳性麻痺のため、電動車椅子を用いて活動しており、パソコン操作や食事といった手元の動作以外のすべてに介助が必要。 大学卒業後、清掃事務、相談支援専門員、自立生活センター「NPO法人札幌いちご会」理事などを経て、2020年に兵庫県へ転居。現在は、日本語教師になるための資格取得を目指し勉強中。

目次

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

転居のきっかけは未知の世界に行きたかったから

吉成:相談員としてのお仕事から離職されたあと、現在に至るまでの生活はどのような流れだったのでしょうか?

 登り口:離職後は、失業手当をもらいながらしばらく休もうと思っていました。そうしている間にコロナの時代になって、仕事で体を壊したことと、北海道の冬はなかなか外に出ることができず、生活が大変だったこともあり、もっと自分が楽になれる生活をしようと思うようになりました。もともと、北海道を出て雪のないところに住みたいと考えていたこともあり、兵庫県に移り住みました。兵庫県を選んだ理由は、「関西」の文化に接したことがなく、未知な世界へ行きたいと思ったからです。繋がりのあるヘルパー事業所が兵庫県にあったということもあり、兵庫県にしました。

 吉成:兵庫県へ移るにあたり、介助時間の支給交渉などはどのように行いましたか?

 登り口:兵庫県はいくつかの市があり、市によってまったく違うということが分かりました。私の住む市はけっこう厳しいと思います。

たとえば調理や洗濯にそれぞれ「週何回」、「1回何時間」という明確な基準があるんです。身体介護とか家事援助の基準を、重度訪問介護に当てはめているので、最初はどんどん時間数が減らされてしまって。そこからは、実際にどれくらい介助に時間かかるかを表にまとめて、時間数を交渉しました。

 吉成:その交渉は登り口さんお一人で行なったのですか?

 登り口:いえ。引っ越す前から既に交渉は始めていたので、兵庫県のヘルパー事業所さんと一緒に進めました。兵庫県に移る前から、時間数については大体の予想をしていたのですが、実際に交渉に入ると違った面も見えてきたため、転居後に直接市役所に出向いて進めて行きました。

 吉成:現在の502時間で、生活は成り立っていますか?

 登り口:私が住んでいる市では、夜勤の時間帯である夜11時から朝7時までの間は、最大でも4.5時間しか重度訪問介護の時間を算定できません。要は、個人の時間数に関わらず、事業所側が請求を出せないのです。また私の場合、夜勤帯で算定できる時間はまだ1.5時間しかありません。それでも泊りに入ってくれる事業所さんだったので、(現在は)成り立っています。ですが最大の4.5時間算定できることは私にも必要なので、まだ交渉は終わっていません。

 吉成:夜間に算定できない時間があるというのは、なぜなのでしょう?

 登り口:ほかの市もそうですが、見守り介助が認められていないことが大きいと思います。時間数は「トイレや寝返りなどに実質どれくらいの時間をかけているか」で判断されているため、夜間のすべての時間は認められていないという考えなのだと思います。

 吉成:介助時間以外のことで交渉や調整が必要なことはありましたか?

 登り口:これまで札幌市では訪問リハビリを受けていて、兵庫県でも受けようと思っていたのですが、兵庫県の訪問リハビリは医療費がかかってしまうんです。たとえば、1回の負担は1000円くらいで、何度も受けるとそのたびにかかるという感じで。札幌市の場合はほとんど必要なかったので、その部分が当初の予定と変わってしまい、通院でリハビリを行うことに切り替えました。※注1

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

札幌市と兵庫県での生活の違い

吉成:札幌市と兵庫県での生活の違いについて、教えてください。

 登り口:一番驚いたことは、公共交通機関がとても使いやすくなったことです。

札幌では、JRと地下鉄をよく利用していて、駅員さんにスロープを出してもらって乗車するのですが、1本待って次の電車に乗るということが当たり前でした。けれども、兵庫県では待たされることがほとんどなく、数分後に出発する電車でも「乗りますか」と対応してくれます。

それから、バスがたくさん走っていて、どのバスでも自由に乗れるということにも驚きました。札幌の場合は、すべてのバスが車椅子対応しているわけではなく、乗るためには予約が必要だったんです。車椅子対応のバスが走っていて、予約なしでそのまま乗ろうとすると「予約してないんですか?」と聞かれることが普通でした。それが兵庫県に来てバス停で待っていると、きちんと乗せてくれる。時間が変わってもです。予定や行きたい場所などが急に変わることもあると思うので、自由に移動できるところがまったく違うと思います。

 吉成:北海道の冬は雪が多く寒さも厳しいですし、公共交通機関は重要な移動方法だと思います。それが利用しづらいというのは、外出などのハードルを上げることにもつながりますよね。 

登り口:そうです。なので、兵庫県に移ってから訪問リハビリを通院に切り替えたことも、公共交通機関が問題なく利用できるのでまったく支障がないんです。雪がないっていう大きな違いはありますが、冬でも通えているので、移動が楽になったことで以前よりも生活は変わってきたなと思います。

 吉成:交通アクセス以外で何か違いはありましたか?

 登り口:もうね、人が違う()。なんでしょうね。すごく踏み込んで来る方が多いので、戸惑いもあります。ただ「大変な時は助け合おう」という気持ちが強いと思います。バスに乗っていて、優先席に若い方が座っていても、お年寄りの方が来ると普通に「どうぞ」と譲っていて。人口が多いのもありますが、助け合いの精神を持っている方が多いように感じます。

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

介助よりも社会生活の中で悩みたい

吉成:私は自立生活を始めてから、介助者との関係性や関わり方について考えることが増えました。登り口さんは、介助者との付き合い方で何か意識していることはありますか?

登り口:一番意識しているのは、介助中に特に良いと思ったことをなるべく具体的に「ここすごく良いです、助かります」と言うようにすることです。反対に「これはちょっとやってほしくない」ということも言うようにしています。少し勇気がいりますけど。

 吉成:ネガティブなことはなかなか伝えづらいと思いますが、どのようなタイミング、方法で伝えていますか?

登り口:私もけっこう言えないほうです。でも溜めると言うタイミングを失うので、なるべく思ったらその場で言うようにしています。

 ――昔ながらの障害者運動では、介助者との関係を「消費者的に割りきらないようにしよう」という考え方もあります。その一方で、どこかで割りきる部分も必要だという考え方もありますし、登り口さんはそのあたりはどのように思われますか?

 登り口:うーん、難しいですね。ヘルパーさんとの関係性で悩むことはすごく大事なことではあるけれど、当事者(利用者と介助者)の関係だけでは解決できないこともたくさんあると思います。今の私は自分の人生を優先させたいので、そのためには割りきったほうが自分の人生に時間を割けると感じています。

私は自分の家族との関係だったり、恋人との関係だったり、社会生活の中で悩みたいんです。ヘルパーさんのことで悩んで、そこでエネルギーを消費するのは本当にもったいないと思います。

 ――吉成さんは去年(2020年)の7月から自立生活を始めたばかりだと思いますが、その点はいかがですか?

吉成:私もけっこう割りきっているほうかと思います。もともと病院でも、職員、他者に生活を支えてもらうことはずっとしてきました。その中で私は、そこまで職員との関係に頭を悩ませることはありませんでした。ある程度の関係性は築きたいと思いますが、ほどほどに、適切な距離感でやれれば良いと思います。今もその点は変わっていないかもしれません。

 ――反対に、介助者との関係構築で割りきれない部分、もしくは割りきりたくない部分はありますか?

 登り口:頼む内容は一緒でも「この人はこれが得意だから、こういうことをやってもらおう」というように、介助者の得意分野や性格をうまく活かすことで、自分の生活にプラスになり、かつ介助者もやりがいを感じてもらえるという相乗効果が生まれれば、私ももっと精神的に楽になるだろうなと思います。

 ――得意な介助者に仕事を振ると、能力の水増し問題に悩むことがあります。というのは、自分よりもその能力が高い介助者が手伝うことで、その介助者の能力が自分に水増しされているように感じ、自己が揺らぐという問題です。

 登り口:分かります。私はすごく料理が好きなので、料理の腕を磨きたいのですが、料理が得意な人にだけ頼むと「ちゃんと自分が考えてやっているのだろうか」と考えが揺らぐことがあって。一方で、学生の介助者と料理をして、自分の作りたい味や料理ができれば「ああ、私の味だな」となるし。これがもし「誰かのために料理を作りたい」となったら、どこまで自分が作ったと言えるのかというところも問題だと思います。

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

介助者に期待する役割と、自分の原動力

吉成:介助者に期待する役割はありますか?

 登り口:私が社会で活動するためには、家での生活や、毎日の生活パターンが変わらないように、不安にならずに生活できることが基本になります。なので、それを支援してくれることが一番の役割だと思います。具体的にはお互い無理なく安全に介助をしてもらうことです。食事・入浴・身なりを整えるといった、本当に基本的な部分を支えてくれるような役割だと思います。

――登り口さんは、介助者が行なったことについての責任はすべて自分が引き受けるという意味での手足論者でしょうか?

 登り口:そういった意味では、ほぼ自分で責任を持ちます。たとえば、料理で失敗してもそれは私が頼んでいるので、基本私の責任だと思います。ただ、私にはできないこと、身体介助で体が壁にぶつからないようにするというような、ヘルパーさんにしかできないことに関しては、ヘルパーさんに気をつけてもらいます。

 あと私、ヘルパーさん以外の人との交流をけっこう大事にしているんです。というよりも、自分で意識しないと、どうしてもヘルパーさんとの関係だけで終わってしまうので。大学で知り合った友達と仲間を募って一緒にチェアスキーを滑ったり、12日で雪山に行ってスキーしたり。あと、あえてバリアが多い宿に泊まるとか()そういうことを時々していました。

バリアが多いというのは、ヘルパーさんだったら仕事としてやりたくないと思う事も多いと思うので、ヘルパーさんとではなく、一緒に行く友達と「どう乗り越えるか」ということを考えて行きました。そういった友達がいたからこそ、これまでやって来れたと思います。

 吉成:ご家族や介助者以外の方との関係性も大事にされてるというのは、とても大切なことだと思います。

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

今後について

吉成:最後に、これからどのような活動や生活をしていきたいとお考えでしょうか? 

登り口:ずばり、言っても良いですか?

 吉成:どうぞ。

 登り口:() これから、恋人を作ります。恋人と出会って、いつかは結婚したいと思っています。

 吉成:いいですね。ありがとうございます。

 ――今はパートナーの方はいらっしゃるんですか?

 登り口:今はいないので、兵庫県で探そうかなと思って少しずつ動き出しているところです。やっぱり、今までどうしても、自分のことを考えている余裕がなかったので。介助者とではなくて、私個人が素直に向き合えるような相手がいると自分の人生にとっても、すごく良いだろうなと感じて、恋人ができたら良いなと思っています。

 ――「私個人が素直に向き合える相手」って、重要ですよね。普段介助者に囲まれた生活をしていると、本音で向き合える人間関係をつくりたいと思っても、当事者の人はなかなか難しいのかもしれないと思いました。そういう意味で登り口さんは主体的でいいですね!是非進捗がありましたら改めて教えてください(笑)

最後に、今後の活動として「これをやりたい」ということありますか?

 登り口:そうですね。いろいろありますが、やっぱりお金を稼ぎたいです。今は日本語教師の資格取得に関する勉強をしていて、資格取得後はオンラインなどで日本語を教える仕事をしたいと考えています。それから、これまで大学や専門学校で講演活動もしてきたので、そういった活動も続けていきたいと思っています。

それとは別に、若い障害当事者の人達と、お互いの悩みなどを相談し合ったり、情報交換し合ったりすることができればと考えているところです。それこそ、「ヘルパーさんとの付き合い方」や、「パートナーを作る」とか、ほかにもいろいろ、人生で悩むことってたくさんあると思うので、お互いしゃべりながら相談できるような場が作れないだろうかということを考えています。

注釈

1.なお、兵庫県の訪問リハビリの自己負担で変わりはありませんが、2021年7月から自己負担が通院と同じシステムとなり、負担の費用が軽減されることが決まっている。

「引っ越したことで変わった自立生活のあり方」登り口倫子さん3回目

プロフィール

脳性麻痺・兵庫県在住|登り口倫子(のぼりぐちみちこ)

1985年生まれ。東京都出身。3歳まで東京に住み、その後北海道札幌市で過ごす。脳性麻痺のため、電動車椅子を用いて活動しており、パソコン操作や食事といった手元の動作以外のすべてに介助が必要。 大学卒業後、清掃事務、相談支援専門員、自立生活センター「NPO法人札幌いちご会」理事などを経て、2020年に兵庫県へ転居。現在は、日本語教師になるための資格取得を目指し勉強中。

文/吉成亜実

この記事をシェアする