あなたの語りには、価値がある。/ 当事者の語りプロジェクト

連載3回目

~良い介助者とは、一緒になって考えてくれる介助者である~

MISAKI IWAOKA

文/嶋田拓郎・北地智子 : 写真/Masumi Ando

頚髄損傷・北九州市在住|岩岡美咲(いわおかみさき)

1988年生まれ。高校2年生で体操競技中に受障し第4頸椎脱臼骨折。頭部以下完全四肢麻痺、呼吸筋麻痺により気管切開+人工呼吸器。総合せき損センターにて反射シールを貼った口元を動かし、シールの動きを読み取る機器を使用することでパソコン操作が可能となる。退院後、往診・訪問看護・介助者派遣・訪問リハ・訪問マッサージ・訪問入浴を利用し在宅生活。総合せき損センターの先生から後押しを受けて入院し気切を閉じ、人工呼吸器を口でくわえるNPPVへ変更する。発声可能となり吸引も必要なくなる。呼吸器をくわえながら会話や食事、パソコン操作ができるようになり介助者との外出機会も増えてきている。

目次

〈強い障がい者〉にはなれない

油田:岩岡さんは、介助者との関係性はいかがですか?

岩岡:どうしても私は〈強い障がい者〉(※8)にはなれないことに悩んでいました。例えば、介助者と一緒に外出すると、どうしても私と介助者の2人1組のセットで見られると思います。つまり、介助者も私の一部として見られるため、自分の介助者が「何あの人…」と変に見られてほしくないという気持ちを持ってしまいます。そういうところも〈強い障がい者〉にはなれなかった一つでした。

――介助者が岩岡さんの意に反する行動をしないよう、岩岡さんのことをよく理解していないといけないということだと思いました。

岩岡:そうですね。介助者も人間なので、100%お互いが分かり合うのは難しいですが、何か問題があった時に、話し合える関係性をいかに作ることができるかということを、私は大事にしていきたいと思っています。

油田:岩岡さんの〈強い障がい者像〉に対する違和感について、もう少し具体的に説明お願い出来ますか?

岩岡:ある事業所の話で、「介助している時は仕事中なのだから黒子に徹するべき」ということを、事業所から介助者に説明されるようです。それを聞いて、私はどうしても疑問に思ってしまいました。例えば、公共交通機関を使った時に駅員が本人ではなく、介助者に話しかけたとき、そういう時は本人に聞いてほしいと伝えるならわかります。しかし、介助者が黒子に徹して、存在を消すというのは、極端なように思いました。

いい介助者とは、私と一緒になって考えてくれる人

――岩岡さんにとって、いい介助者とそうではない介助者の定義はありますか?

岩岡:私にとっては、「自分にとって合う=いい介助者」ということでもないとは思います。大事なことは、お互い対等の立場で話をできる機会を作れるような、お互いを尊重し合える意味でも、一緒になって考えてくれる介助者がいい人だなって思います。一緒になって考えてくれたり、わかってくれたりする人はとても心強いので、そういう姿勢ではない介助者とは一緒にやっていくのは難しいですね。今そういう介助者は周りにいません。

油田:問題が起きた時に話し合いができる関係性は大事ですし、それが結構1番難しかったりします。

岩岡:他の障がい者が、どのように介助者と関係を築いているのか、私は知らず、知る機会がありません。自分の時間はこういう介助をしてもらっているけど、他の人はどうしているのか、客観視できる機会はすごく大事だなって思いました。

油田:岩岡さんは介助者に注意してほしい点が出てきたときはどうされていますか?

岩岡:介助者に気になったことは、「今日こういうことがあったけど、私はこうしてほしいです」と、一旦時間を置いて、改めて伝えています。本人が気づいていないこともありますし、一旦冷静になってもらうようには気を付けていますね。私自身の性格がせっかちなので、「あ、そうではなくて」とか「あ!」と、すぐに口に出してしまうことがよくありますが……。今ここで追い詰めてはいけないということは意識していますね。

油田:確かに「これは悪い」と介助者に伝えても、ではどうしたらいいのだと介助者自身もわからない時もありますよね。いい方法があるんだったらそれを伝えていくのは割と大事かもしれないですね。

岩岡:そう言っても愚痴ってしまう時もありますけどね(笑)

友だち問題①――年の離れた介助者がいるということ

油田:岩岡さんは大学の友人との付き合いはありますか?

岩岡:なかなかないですね……。言い訳ですが、社会人枠で入ったので、現役学生とは年が離れています。なので、どうしても向こうも一歩引いたところもありますし、私もそこに積極的に混じっていくことはありませんでした。友達と一緒に1日を学校で過ごすことはありませんし、授業のちょっと前に行って授業を受けて帰ってくることが多くて、なかなか交友関係は難しかったと思いますね。

油田:日々の生活だけでもすごく疲れますよね。高校だったら常に同じ人が隣にいたけど、大学はそうじゃないですし。

岩岡:そうですね。自分の授業が始まる前に行くだけ、なおかつ夜間だから7限終わったらもう帰るだけになります。そこがもっと若かったらなと一番思ったところですね。

――ちなみに油田さんはいかがですか?

油田:岩岡さんが先ほど、健常者と関わるハードルがあるとおっしゃってましたが、それを感じることがたまにあります。介助者を使いながら友達を作ることの難しさというか、それを感じたこともありました。そのため、介助者を外せる時は外して、友達と関わる余白を作ることをしていました。私は、ある時期までは、介助者はずっとそばにいるべきだと、思い込んでいました。大学の飲み会の時も介助者をつけていたのですが、「なんか違うぞ」と思うようになったんです。私は介助者を透明化しているけど、周りの人にとってみればそういうわけではないからです。1年生の秋ぐらいから、飲み会の間、介助者を外してみることにしました。その結果、友達と関わる頻度も結構増えました。必然的に介助者に頼んでいたことを友達に頼まないといけなくなることで、生まれる交流というのができました。今は介助者を外す/外さないというように使い分けるようになりましたね。

――なるほど。

油田:私にとっては介助者は透明化できる存在であっても、他の人にとっては透明化できない存在であることを思い知らされました。学生よりもひとまわりも、ふたまわりも上の、しかも普段知らない介助者がいるというのはちょっと異質なんですよね。

――その異質な存在である介助者がいるなかでの、友達作りするのは、重要なポイントですね。

油田:私の真横に40代の介助者がいたら、学生たちがこの場で話すことは限られるなと思いました。しかも外部の目があったら、ディープな話はしないだろうなとも思いました。

――その介助者も、声に出して反応するわけでもないのですね?

油田:反応もしないし、やっぱりお互い微妙な、変な空間だったなということがありました。

――微妙の空気が流れるのですね?

油田:はい。互いのためにも、その場から外れてもらうのは必要だと思うようになりました。

友だち問題②――介助者とともにつくる関係

――岩岡さんと油田さんの対談から、二つの問題が迫り出してきたと思います。一つ目は、歳の差問題という、大学に入ってから歳の差ゆえに友達関係が作りづらかったことでした。二つ目は、歳の差問題を乗り越えられたとしても、介助者が同じ空間にいることで、友達関係が作りづらいということでした。

油田:介助者が隣にいながら、他の人とどう関係を作るかという問題はとても興味があります。普段障がい者に接しない普通の人からしてみれば、「どういうポジションなんだこの人は?」と介助者に対して思うかもしれない。この人に挨拶もすべきなのか、話すべきなのか、そういう戸惑いはあると感じます。

――岩岡さんは、介助者がいることで、周りとの関係の作りづらさを感じることはありますか?

岩岡:いつも感じています。別に介助者が何かをするからではなく、介助者がその場にいることの存在感の大きさはあります。そして、私の場合は曜日ごとに介助者が異なります。たとえば月曜の授業を一緒に受けている子が、火曜日に会って挨拶してくれたときに、火曜の介助者はその子のことを知りません。私が「あっ」と気づいた時には通り過ぎてしまうことがあります。もしその子を知っている介助者だったら、その子を見たときに止まったり、しゃべったり、そこの共通意識ができてくると思いますが、なかなか共有が難しかったりしますよね。

油田:そう思います。

岩岡:そうやって、長い介助者とならできる情報の共有が、うまくできなくて気まずい思いをしたことがあります。知っている子とすれ違ったとき、私が「止まって」とすぐに言えたらいいけど、声を出すために息を吸っている間に、もう通りすぎてしまうんです。そしたら相手の子に対して、「あっ、ごめん」となります。そこがもどかしいところですね。そこはよく学校へ行っている場面で感じるところがありますね。

相性問題①――家族×介助者

油田:今、岩岡さんは家族介護も受けておられるということですが、ご家族との関係性はいかがですか?

岩岡:親については、私のことにだけに専念するわけにはいかないと頭では分かっていても、「なんで今してくれないの」と思ってしまう葛藤があります。たとえば体を動かす時間だったり、歯磨きする時間だったり、そういう所々で自分が思っていたこととは違うことが起きて、後回しされてしまうことがあります。もちろん生活に対する、私の基準と家族の基準は異なるので、そこで「介助者が24時間入っていたら自分の思い通りにいくのに」と葛藤はあります。

――ご家族が岩岡さんの介助者にクレームを言うことはありますか?

岩岡:私の介助に対して、親がクレームを言うことは特にないです。私からは伝えきれない生活のことについて、私の代わりに親から介助者へ伝えてもらうことはあります。ただ、どうしても生活しているところが実家なので、自分の部屋ではなく、たとえば洗面所など、私が見えないところの部分のこうして欲しいというところを親から言ってもらうことはあったりします。

――たとえばご両親から「介助者、どうもよくないんじゃない。変えてもらったら」のようなことは言われたこと無いですか?

岩岡:家族と同居しているので、家族と共有している点に関して、なにか問題が起こったときに、どうしようもないことがあったときは、「ちょっと来ないほうが」と伝えたことは1回あったかなと思います。そこだけどうしても解決に向かわなかったときですかね。

――家族も住む場所だからですね。

油田:確かに一対一の介助場面が多いのであれば、私と介助者が合うかだけを考えればいいけれども、家族を含む場合は難しいですね。

相性問題②――看護師×介助者

――家族以外と介助者との関係性を考えることはありますか?

岩岡:訪問看護の方との関係性もあります。たとえば朝は看護師さんと介助者が一緒に入ることもありますが、看護師さん側にも気を使うし、介助者にも気を使うことになります。看護師と介助者の相性もあるので、そこを上手にやってくれるかも関係してくると思います。

――たとえば岩岡さんの例でいうと、岩岡さんとの関係だけにおいて相性が良いのは一番重要な要素かもしれません。ただ、それだけではなくて、いろんな訪問看護師さんや家族との相性が、どうしてもハマらないときは、時間帯を変えてもらうことはありかもしれませんね。

油田:私、実は最近骨折をして。それまでは一人介助だったんですけど、期間限定で二人介助にしてもらいました。今の私の場合、二人介助の体制は骨折が治るまでではあるのですが、もしこれが長時間だったら、私とその一人の介助者の相性が合うかだけじゃなく、入ってくれている二人の介助者同士の関係も気になってくるだろうな、と思います。三人のチームとして噛み合っているのも大事だなと。その他にも、家族や友人、パートナーとの生活の中に介助者を入れるのだったら、彼らと介助者の関係についても考えていかなければならないと思いましたね。

――介助の中で、全体の調和がどうか、岩岡さんは気にされているように思いますが、いかがですか?

岩岡:私は空気を読みがちで、気にしすぎなところがあります。「最初の挨拶のテンションがいつもと違うな」ではないですが、「なんかあったかな」と、そういうところを様子見がちというか。それは一対一のときは自分次第で変わるからいいんですけど。それがもう一人いるとなると、余計に空気を読もうとすることがあります。たとえば土日の介助者はほぼ固定されているけど、訪問看護師さんはその時々によって会社が変わったり、人が変わったりします。介助者はそのときの看護師さんに合わせながら動いてくれていますが、看護師さんの性格によっていろいろ変わってきます。そういうときに私が状況を判断しながら、介助者のフォローをしている気がします。

――とても気にされてますね。

岩岡:はい、一対一のとき以上に、私は状況を見てると思いますね。

――それ自体は別に苦ではないですか?

岩岡:辛いなと思ったことは全くありません。看護師さんにも「よく周りを見てるね」と言われます。それは私が状況をよく見ているからだと思うのですが。そういうところは苦ではなく、できているかなと思います。

油田:自分と二人の介助者の間に起きていることと、介助者同士の間で起きていることを把握するのは高度な能力ですよね。やっぱりできる人、できない人はいるのではないかなと私は思います。

岩岡:たぶん、私がもともとスポーツをしていて、そのクラブで後輩たちがいっぱい居たんです。そこで、「そうじゃない、あっち行って」と大きい声で、後輩たちにバリバリ指示しながらやっていたこともありました。大きい声を出しながら「ああじゃない、こうじゃない」と言っていた経験もあったと思うから、それをオブラートに包んで今、できているかなと思います。

――それはやっぱり介助者が透明な人ではなく、その場に影響を与える存在だからこそ、自分に合った介助者であること、常にコミュニケーションを取って、良好な関係性を持ち続けることができることが重要であることがわかりました。

 

→最終回は、岩岡さんに大学卒業後の夢についてお伺いします!

注釈

8.「強い障害者像」(油田、2019)とは、従来の「自己決定論」や「介助者手足論」が求めるような、「介助者に影響されることなく、障害者の意志や判断だけに基づいて自分のやりたいこと・すべきことを決定し、それを介助者を『手足』のように扱いながら実現していく』ような障害者(像)のことを言う。油田(2019)は、「強い障害者像」がもつ抑圧性を指摘した。

プロフィール

頚髄損傷・北九州市在住|岩岡美咲(いわおかみさき)

1988年生まれ。高校2年生で体操競技中に受障し第4頸椎脱臼骨折。頭部以下完全四肢麻痺、呼吸筋麻痺により気管切開+人工呼吸器。総合せき損センターにて反射シールを貼った口元を動かし、シールの動きを読み取る機器を使用することでパソコン操作が可能となる。退院後、往診・訪問看護・介助者派遣・訪問リハ・訪問マッサージ・訪問入浴を利用し在宅生活。総合せき損センターの先生から後押しを受けて入院し気切を閉じ、人工呼吸器を口でくわえるNPPVへ変更する。発声可能となり吸引も必要なくなる。呼吸器をくわえながら会話や食事、パソコン操作ができるようになり介助者との外出機会も増えてきている。現在、北九州市立大学に在学中で講演活動もしている。父・母・双子の弟・7歳下の弟・12歳下の弟がおり、両親と同居している。好きなものは、ボディクリーム(を集めること)、チョコレート・ポテチ・焼き鳥、読売ジャイアンツの坂本勇人、Youtube。

文/嶋田拓郎・北地智子

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