あなたの語りには、価値がある。/ 当事者の語りプロジェクト

連載3回目

「私にもできたのだから、あなたにもできる」と伝えたい

Ami Yoshinari

文/油田優衣 : 写真/浅里のぞみ

「私にもできたのだから、あなたにもできる」と伝えたい。/吉成亜実インタビュー3回目

SMAⅡ型・札幌市在住 | 吉成亜実(よしなりあみ)

1993年生まれ、北海道札幌市出身。SMA(脊髄性筋萎縮症)TypeⅡ。電動車椅子を用いて移動。ほぼ全ての日常生活動作に介助が必要で、夜間は人工呼吸器を使用する。中学入学時に八雲病院に入院し、14年間の入院生活を送る。今年6月に八雲病院を退院し、札幌で自立生活を始める。

目次

「私にもできたのだから、あなたにもできる」と伝えたい。/吉成亜実インタビュー3回目

一人暮らしがはじまって

――介助の支給時間数も目処がついて、場所も目処もついて、それで、一人暮らしがスタートしたっていうところだったんですか。一人暮らしがスタートした頃の話というか、そのときの気持ちとか、苦労したこととか、気持ちの変化というか、そのあたり、お聞かせいただいてもよろしいですか?

吉成:スタートしたての時点は、ほんとに実感がなかったです。(病院に退院すると)話してから出て行くまでも短期間だったし、(退院して一人暮らしが)始まるっていうのもほんとにぼやぼやーんって感じでした。主治医と話すことでとてもエネルギーを使って、なんか茫然自失状態だったから、ここ(ホストファミリーの家)に来た当初も、「どう?」って聞かれたんだけど、全く実感はないですみたいな、他人のことのような感覚だったんですけど。今はだいぶ、2ヶ月ぐらい経って、流れとか、生活の環境も落ち着いて、いろんなことがあって、「ああ、生活してるんだなぁ」と思ったんですけど、はじめは実感がなかったですね。

――今まだ2ヶ月経ったっていうところだと思うので、なんとも言えないところもあるかもしれないんですが、介助者がついての生活、2ヶ月経ってみていかがですか?

吉成:やっぱり今までは複数の患者に対して1人の介助者が対応していたので、「待つ」っていうことが多かったんですけど、その時間がほとんどなくなったので、すごく良いなっていうふうに思っています。それと同時に一人の介助者と密接にいることになるじゃないですか。というのは、相性のいい方であれば、何時間でも一緒にいられると思うんですけど、人によっては厳しいというか難しい面もあるのかなっていうふうに思うところはあったりしましたね。

――なるほど。ある意味長時間つくってことですね。介助者がつくことで、待つことがなくなったことの快適さと共に相性問題が出てくるかもしれませんね。

吉成:うん、あるんだろうなって。相性のいい方とは長い時間一緒にいても苦ではないけど、もしもコミュニケーション面であったり、性格的に合わなかったりしたらちょっと厳しい面もあったりするのかなぁみたいな思いを持ったり。

――ちなみに今相性のいい介助者の方は、どのへんが相性いいなって感じるんですか?

吉成:すごく自己主張がある方っているじゃないですか。私は私の―こう言うと横暴だけど―して欲しいときにして欲しいことをお願いしたいから、ヘルパーさん側から、「これする?あれする?」とかはそんなに言われなくてもいいんです。もちろん、「こうしたらいいんじゃない?」っていう助言があったら教えてほしいですが、それを押しつけるわけではなく、あくまで提案的な感じで伝えてくれる方がいいなっていう感じですかね。意見を押し付けてきたり、あと勝手になにかされたり、私は「こうしたい」っていうことに対して、「こうしたほうがいいんじゃない」っていうことを強く言ってこられたりっていうふうにされてしまうと、ちょっと「うーん」ってなっちゃうので。今相性がいいと感じている人とは、待機の時間とかがあってもそうだし、何かをずっとやっていてもそうだし、いい感じに過ごせているっていうところですかね。

「私にもできたのだから、あなたにもできる」と伝えたい。/吉成亜実インタビュー3回目

過去の自分を助けられる方法を探したい

――ここからは将来の話について。今後やってみたいこととして、これまで、東大先端研との繋がりの中でのいろんなお仕事だったり、稲生会でのお仕事が挙がっていましたけど、今後これやってみたいってことを、改めて聞かせてください。

吉成:私は今、障害研究の分野にちょっと足をかけさせていただいていて、いろんなことを考えたりお話をしたりっていう機会がわりとあって。私はこれまで、家庭のことや病院でのことで大変な経験をしてきたんですけど、その私の家庭や病院での状況っていうのがどうして起こっちゃったのかとか、どうやったら良かったのかなっていうのを考えたいなと。そう思えば、今いる場所はわりと合ってるのかなっていうふうには思っています。今はひたすらそこに進んでるんですが、これからどうなるかっていうのはちょっとわからないですね。でもとりあえず、私、すごく大変な思いをめちゃめちゃしてきたから、他の人をどうにかしたいというよりは、過去の自分、いろんな時点での大変だった自分を、助けられる方法を探したいなとずっと思っていますね。

――過去の自分を助けられたであろう方法を考えていくことで、同じ境遇で今いる人の支えにも助けにも繋がりそうですよね。

吉成:そうですね。はじめから人のため、っていうふうにやってしまうと破綻してしまいそうだから、とりあえずは自分のことだけを考えて、自分を助けるっていうふうにして、そこをやっていく中で他の人にも役に立てばいいなっていうふうには思ってますね。

油田:私は亜実ちゃんと比べたら、親の協力も得られやすくて、金銭的にもわりと安定してるほうで。亜実ちゃんは、私からはわからない苦労とかしんどさっていうのを経験してきたと思うんです。そこは私にはわからないところで。そこにいたからこそ、見えることっていっぱいあって、多くの人に還元できるものがあるんだろうって思ってて。亜実ちゃんの言葉は重みが違うなって思う。

吉成:今優衣ちゃんは、ある意味自分を恵まれていたっていうように表現されたと思うんですけど、例えば病院にいて、今なお、くすぶってる人からしたら、もう私も「恵まれた人」になってしまってるんですよね。私はいろんな条件が重なって、実際にここまで辿りついてしまって、いろんな支援者とも出会ってしまって、彼らと良好な関係性を築いてしまって、自分の望む生活を手に入れてしまったから。自分で自分のことを「恵まれない」という判断をされてる方にとっては、私はもう仲間ではないと判断されてしまうんだろうなっていうことも感じていて。それは、当時の私も思ってたんですよ。病院を出ていった方も何人か見てきて、そういう方は「ああ、恵まれた人なんだな」っていうふうな判断をしていたので。だから、「ほんとは同じだよ。同じ場所にいて、同じ思いを持っていて、やっとここまでたどり着いただけだから、私も同じなんだよ」って言いたいんだけど、その人にはもうその言葉が届かないような気がしていて、そこがすごく悲しいなって思ってます。

油田:なんか雲の上の人というか、生まれた星が違う人、なんかそうなったら、もったいないというか、「いや、そうじゃないはずなんだけど」っていうところだよね。

吉成:そう。だからね、「亜実ちゃんだからできたんだな」と思われちゃうと悲しいです。そうではなくて、「亜実ちゃんでもできたんだったら、僕や私にもできるかも」みたいに思ってもらえたらいいなと思います。

「私にもできたのだから、あなたにもできる」と伝えたい。/吉成亜実インタビュー3回目

プロフィール

吉成亜実(よしなりあみ)

1993年生まれ、北海道札幌市出身。SMA(脊髄性筋萎縮症)TypeⅡ。電動車椅子を用いて移動。ほぼ全ての日常生活動作に介助が必要で、夜間は人工呼吸器を使用する。中学入学時に八雲病院に入院し、14年間の入院生活を送る。今年6月に八雲病院を退院し、札幌で自立生活を始める。

文/油田優衣

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