かつて障がい当事者の運動には、「6歳の春を泣かせるな」「18歳の春を悲しませるな」という言葉がありました。「6歳~」は地域の学校に入学できないこと、「18歳~」は、学校を卒業すると行き場がないことを何とか克服しよう、とのスローガンです。
私たち一般社団法人わをんは、重度障がい者が介助を付けながら働く「介助付き就労」を実現したいと、今年3月、これまでの研究成果をまとめたハンドブック「なにそれ!? 介助付き就労」を発行しました。そして400部程度を全国の当事者団体などに提供したところ、数校の特別支援学校(高等部)から、進路学習の講演依頼をいただきました。
今の日本の障がい者福祉、就労支援制度では、通勤に公的な介助を付けるためには、日常生活にヘルパーを付ける「重度訪問介護」などの公的制度利用が前提になっています。「18歳の春」までに仕事について考えることは重要な一方、まずは自立するための生活介助を整えることも大きなハードルです。
そこでわをんは、高校生の「少し先輩」、保護者や先生の「少し下の世代」として、私たちがこれまでどんなことで悩んできたか、それにどうやって向き合ってきたかを共有するためのワークショップを企画しました。
2022年9月15日には、大阪府立刀根山支援学校(豊中市)でオンライン・ワークショップが実現。高校2年生、3年生に向けて、収入・出費やヘルパーとの付き合い方といった生活を具体的に組み立てる方法だけでなく、「自分を支える人たち」を図解し、「全部を自分でやろうとせず、周囲に頼って良い」とメッセージを伝えました。
さらに、保護者や先生など大人向けにも同じようにオンライン・ワークショップを開催。「自分が何を望んでいるのか、そのためにどんなサポートが必要かを表明する」セルフアドボカシーの考え方を紹介しました。
目次
自薦ヘルパーってなに?
生徒向け、大人向け両方のワークショップで、冒頭にわをんから「自薦ヘルパー」について説明しました。既存の事業所からヘルパーを派遣してもらうのとは違い、自分で採用、雇用することでより深い関係を築ける一方で、管理や維持には様々な負荷がかかる「自薦ヘルパー」は、自立生活を送る方法の一つです。
生徒さんからは「(自薦ヘルパーの形式を)考えたこともなく、制度自体を知らなかったので勉強になった」「以前自薦ヘルパーのような形態を将来に自分で行おうかと考えていたが、自分で雇うのだから、自分で給料を払わないといけないと誤解していた。(公費で出ると聞いて)自薦ヘルパー利用を考えてみようと思った」と関心の高さがうかがえました。
みんなで考えてみる 生活を組み立てよう!
生徒向けのワークショップでは、現在重度訪問介護のヘルパーを利用して生活する小暮理佳さん、岩岡美咲さん、登り口倫子さん3名の重度身体障がい当事者が、「みんなで考えてみる生活を組み立てよう!」と題してプレゼンしました。
自分の望む生活は、なかなか一気には実現しません。まず、自分に必要なことを自覚するのに時間がかかることがあります。岩岡さんは以前、移動支援の支給時間数が限られていることに、「健常者はいつでも出かけられるのに、変だな」程度にしか思っていなかったけれど、徐々に自分の生活に必要な時間数が分かり、「足りない」と行政に主張できるようになったと言います。
自分に必要なことがはっきりしていても、周囲が協力的でないこともあります。小暮さんは、一人暮らしに必要な重度訪問介護の時間数を自治体がなかなか支給せず、今も交渉中です。そういうとき、困っているのに思わず遠慮してしまうこともありますが、「相談員も自治体窓口の人もヘルパーも、それぞれの分野のプロとして仕事をして対価を得ている。困っている状況をほったらかしにされているのは、相手が仕事をちゃんとしていないだけ。そう考えれば、自分の必要なことを遠慮なく言いやすくなります」(小暮さん談)。
このほか、1日のスケジュールに必ず休憩時間を入れてエネルギー切れにならないよう工夫すること、収入や出費の管理方法、海外製の小回りが効く電動車椅子に乗ることで行動範囲も人生の選択肢も広がることなど、それぞれが考える生活の組み立て方のポイントを伝えました。
生徒さんからは当日、「ベッドに寝たままシャンプーするってどうやってやるの?」「お見合いサイトって、どう関係が進むの?」「“外車”の電動車椅子にはどこで出会ったの?」といった、具体的な生活をイメージした質問が目立ちました。
頼れる存在はたくさんいるよ!
プレゼンの後半では、小暮さん、岩岡さんの「わたしを支える人たち図鑑」を解説しました。身近な家族や友人はもちろん、公的な福祉サービスの利用を一緒に考えてくれる相談支援専門員や役所の窓口のほか、医療関係者、器具のメンテナンスをする人たち。
改めて挙げてみると、毎日は会わなくても頼れる存在はたくさんいることに気づきます。そしてヘルパーは、ただ身体介助をするだけでなく、「一緒に経験を積み、楽しみ、成長してくれる人」(岩岡さん談)でもあります。
こういった人たちに自分のやりたいこと、してほしいことを自分の言葉で伝えていくことが、生活を組み立てるうえでたいへん重要なポイントになります。
生徒さんは後日の感想文で、「(私は)怒られないだろうか、迷惑がかからないだろうか、しっかりと伝えられるだろうかと考えてしまい伝えられなくなります。
一度伝えてしまえば、むしろ伝えるのを引き延ばしたことで怒られると思いますが、実際に悩んでいる時は悩んでいることに意識が集中してしまい、心配事の裏まで思考が回りません。どうしても心配してしまう癖を改善して、自分のやりたいこと、人にやってほしいことを伝えられるようになりたいです」と受け止めてくれました。
人生一度きり!障害があっても「わたし」のままで生きていく?本人に必要な「ものさし」を基準に、進路を考える~
生徒向けと同日開催の大人向け(保護者、先生)では、一人暮らし歴16年、相談支援員経験のある登り口倫子さんが中心となり、「人生一度きり!障害があっても「わたし」のままで生きていく?本人に必要な「ものさし」を基準に、進路を考える~」と題してオンライン・ワークショップを行いました。
生活を組み立てるにあたっても、進路選択にあたっても、自分が何を基準に判断をするかの「ものさし」が必要です。
お金、時間、本人の人生設計、望む/望まないこと……様々な「ものさし」がありますが、本人はもちろん、これまで子どものために尽力してきた保護者自身が今後どう生きたいかの人生設計も問われます。
本人と周囲の大人の対話から見えてくる「ものさし」に合わせ、必要な公的支援を問合せ、進路先を選び、またプライベートな人間関係も手繰り寄せてくことが重要です。
「この世は可能性がある!」
――目を見て話を聞いてくれる存在が、セルフアドボカシーの原点
「ものさし」の設定、進路選択、その進路実現に向けた活動の、どの段階でも必要なものとして、「セルフアドボカシー」を紹介しました。セルフアドボカシーとは、「自分が何を望んでいるのか、そのためにどんなサポートが必要かを表明する」ことです。
自分の人生の主人公として自信を持ち、周囲の人や社会のあり方に振り回されずに生きていくためには、非常に重要な考え方です。
登り口さんは大学入試、キャンパスライフ、ヘルパーを使った生活、就職先のそれぞれで「自分に必要なこと」を自分の言葉で周囲に説明し、求めてきました。セルフアドボカシーができるようになったきっかけは二つ。
一つは学生時代、ボランティア団体の学生が、登り口さんの大学生活にどんなサポートが必要か、目を見てちゃんと聞いてくれた経験だったそうです。「この世は可能性がある!」と思えたと言います。
もう一つは、当時30人ものヘルパーが入れ替わり立ち替わり介助に入っており、それぞれからいろいろなことを言われ、「自分がなくなってしまった」こと。「こりゃ、だめだ」と一念発起したそうです。
ワークショップを聴いていた先生からは「生徒たちは教師とのかかわりの中で、「この世に可能性がある」と思えているか。自分にとって、とても大きな問い」と感想をくださいました。
セルフアドボカシーを実践しても、毎回必ずうまくいくとは限りません。しかし失敗の都度、新しい環境が開けたり、新しい人間関係が出来たり、生き抜くための「いい加減さ」も得られます。周囲の大人は最初から無理だと決めつけず、子どもが失敗することも尊重してほしい、と締めました。
同校では、今後生徒たちが仕事をする上で生活面を盤石にすることが大切だと保護者も含めて認識できたため、2022年12月には大正区の基幹相談支援センター「スクラム」の姜博久代表と、相談支援員との付き合い方を考える進路学習を行ったそうです。
また生徒さんの1人は、プレゼン内で紹介された海外製の電動車椅子を新たに使うことを決めたそうで、先生からは「生徒たちは大変大きな影響を受けた企画だった」と評価いただきました。